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「本当の自分を思い出す旅」
安部みのり(元 日産自動車人事部マネージャー)

演じ続け、肥大化していったもう一人の自分
自己否定を脱け、ありのままの受容からすべてが始まった
やりがいと「力」を胸に秘め、新たな未来を創造する

直観から手繰り寄せた出会い
本当の自分が分からない日々

CCCとの出会いは、直観からだった。

ある男性が部屋に遅れて入って来た。その瞬間、「あっ、この人が来てくれて良かった」と思った。理由は分からなかったが、何かとても必要なことが起きたような安堵を感じたのだ。直観を得たみのりさんは、参加していたワークショップが終わると初対面であるその男性に話しかけにいった。それがCCCパートナーの一人であるインスさんだった。
みのりさんは、子どもの頃から「しっかり」した子だった。それは大人になっても変わらず、仕事は卒なく器用にこなし、周りからの評価はいつも高かった。しかし、そういった周囲の声とは裏腹に、みのりさんはずっと「自分ではない自分」を生きているような感覚を抱いていた。高い評価を受けている自分は、自分ではないような気がする。居心地の悪さを感じていた。

悩むのは、大抵恋愛ごと。恋人には「素の自分」を見てもらいたい。でも素の自分がなんなのか、それをどうやって表現したらいいのか分からず苦しむことが多かった。そんなみのりさんにとって、唯一自然体でいられたのは妹といるときだった。彼女といると、不思議と子どものように無邪気になる。色んな替え歌を思いつくなど、創造力が活発になる自分がいた。しかし、多くの関係ではそうなれなかった。
なにがみのりさんを「素の自分」から遠ざけていたのか。それは「人から受け入れてもらうためには、いまの自分ではダメ」という意識だった。自分を否定して、より良いものを目指して努力していく。それは当たり前のことだと思っていた。
そうしてつくりあげられた自己は次第に肥大していき、本当の自分を見失い、いつしかつくりあげたことすら忘れ去った。

インスさんに出会った頃のみのりさんは、小さい頃から抱き続けている「本当の自分が分からない」という葛藤の渦中にいた。

現実を創っているのは自分
自分の喜びを感じ始める

インスさんとの出会いを一つの契機として、「本当の自分」へと至る道が少しずつひらき始める。

冬休みが明け出社すると、「チームビルディングのためのダイアログの場を持ちたい」と部長が提案してきた。意外に感じたが、同じ想いを持っていたみのりさんは、その企画をやらせて欲しいと手を挙げた。そこにインスさんがCCCとしてサポートしてくれることとなった。
迎えたダイアログの日。社員それぞれが日頃抱えている不満や意見を言い合っていく中で、ある事実が浮き彫りになってきた。

当時のみのりさんの所属部署は、アジアの国々にある子会社の人事を本社から統括する仕事をしていた。しかし、予算が何度も凍結し、誰も出張に行けない状況が続いていた。仕事相手の誰とも会えない環境にメンバーはやりがいを持てず、フラストレーションを募らせていた。だが不満を抱く一方で、誰一人として自費でも出張に行くと役員に談判した人はいなかった。結局、どこかで「しょうがない、予算がないのだから」と現状を容認し、行動を起こさなかったのだ。
不満に思っている現実を創りだすことに、自分たちもまた加担している。浮き彫りになったその事実を我がこととして省みた時、みのりさんはふと考えが回った。小さい頃からしっかり者と褒められ続け、その声を疎んできたが、褒められるように自分で行動してきたのではないか。なぜ自分はそのような言動をとってしまうのか、本当はなにを求めているのか。
人からの受容を求めて無自覚にとっていた行動に、少しずつ気付き始めた。

また、みのりさんはダイアログの前後で、別の変化が自分の中に生じていることを感じていた。周りに影響を与えていくことへの抵抗が薄くなっていたのだ。
いままで、率先して周囲に働きかけるということはしてこなかった。これ以上しっかり者という評価を受けたくなかったからだ。しかしダイアログの企画に名乗りでたり、気に入った本を人に勧めたりするようになり、影響を与えることへの抵抗が喜びへと変わり始めていた。そしてさほどやりがいを感じていなかった仕事の中にも、イキイキした楽しさが垣間見えてくるようになっていた。

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再び押し寄せた苦境
ありのままを受容する

少しずつ視界が開けてきたと思っていた4月、みのりさんを取り巻く環境が大きく変わった。他の部署へ異動することになったのだ。新しい部署は、同じ人事の中ではあるものの、まったく業務経験のない分野。1から仕事を覚えなければならない環境に加え、部下の数も1人から5人(のちに6人)に増え、仕事の責任範囲も大幅に広がった。

部下の大半がみのりさんより年上か業務経験が長かったこともあり、みんな自分よりも優秀に見えた。そしてことあるごとに部下と比べ、自分はマネージャーとしてなにも仕事ができていないのではないかと責め立てた。文句など言われたこともないのに、悪口を言われているような気もしてくる。会議の時は部下に遠慮し引っ込み思案となり、発言しなかった状況を振り返って、やはり自分には価値がないと再確認する。

「自分ではない自分」を築きあげた「いまの自分はダメだ」という自己否定のパターン。ダイアログを転機として、客観視でき始めていたそのパターンに、再び深く飲み込まれていた。
事態はどんどん悪化する。7月に入ると、1ヶ月で部下のうち3人が妊娠した。誰かが代わりに入ってくれる訳ではない。精神的にさらに追い込まれ、みのりさんの心身は限界に達していた。

8月になって、ファシリテーション講座のプロセスデザイン を受講した。それは「自分はダメだ」というパターンから抜けだす、1つのターニングポイントとなった。
みのりさんは、基礎編 や応用ディープスキル を通して、一貫したあるメッセージに心惹かれていた。それは「一人ひとりには生まれてきた目的があり、そのために必要な能力は既に備わっている」というもの。他人と比べ、至らない自分を卑下するのではなく、自分の中の喜びを便りに、備わっている力に目を向ける。その力を最大限に発揮することで、充実した人生を送ることができ、自分がこの世に生まれてきた役割をまっとうすることができる。
プロセスデザイン以前は頭で納得していたメッセージだったが、苦境に立たされた状態でひたすら自己否定し続けていたみのりさんは、体感をもってその意味を掴むことができた。
他人と比べて、自分には価値がないと思う必要はない。ありのままの自分を受け入れ、自分が持っている力を発揮していく。

そのメッセージを胸に日常生活に戻ると、いままでと違う景色がそこにあった。

自己否定からの脱却
自己表現から生きる

いままでずっと仕事は好きではなかった。でもそう思ってはいけない。周りの人のようにもっと仕事に積極的になって、常に頑張らないといけないと思ってきた。ありのままの自分を受け入れるとは、その「好きではない」という気持ち受け入れるということ。その上で、なぜそう感じるのかを自分に問うと、そこにはちゃんと理由があったのだ。

いまの仕事の大半が、前任者が前年に計画した研修プログラムの運営でしかない。そこに自分のオリジナリティは出せていなかった。以前のダイアログの企画のように、なにか自分で付け加えていけば楽しさに変わっていたはずだが、これ以上仕事が大変にならないようにと、ただこなしていたため、やりがいや面白さを感じ難くなっていたのだ。
なにかを新しく創ることが自分の喜びに繋がる。その視点で過去を振り返ると、仕事の中で少しでもやりがいを感じていたのは、前例にない課題を解決するためのプロジェクトなど、新しいことにチャレンジすることであった。小学生の頃からなりたいものがないと思ってきたのも、まだ世に無いものを生みだすことが宿命づけられていたのだと腑に落ちた。

頭の中に渦巻いていた自分を責める声も落ち着きだした。以前は、仕事でもプライベートでも自分はダメだと思うことが多くあったが、8月中旬から半年間のCCCプロコース を受講する頃には、雑音なく、自分自身を受け止めることができるようになっていった。
「一人ひとりには生まれてきた目的があり、そのために必要な能力は既に備わっている」としたら、自分に備わった能力はなにか。人事という仕事に役立てればと思い、学んでいたコーチングを通して気付いたのは、自分には直感力や人への共感力、そして無邪気な好奇心があること。そしてこれらの能力は、コーチングにおいてとても強みになる。

みのりさんは、いま次世代リーダー育成のためのトライアルプログラムを自主的に実施している。社内の選抜された若手層に対し、自身が個別にコーチングする。忙しい中でも、自分がやりたいと思ったことを実行し、その成果とやりがいに充実感を感じている。
「マネージャーだからこうあるべきではなく、自分が持っている力を役立てる方法を創りだして、実際そこで効果を出していく。自分自身がワクワクできて、かつ人に役に立てるものがあるんだなっていう感覚を実感としてはじめて持てた」
「自分ではない自分」の姿に悩みながらも、小さい頃から壊し方が分からなかった。「本当の自分」を取り戻すために必要なことは、ありのままの自分を認め、そこから備わった力と共に自分を表現していくことであった。

そして、ここから

プロコースが終わったいまも、前を向く力は変わらない。
インタビューからひと月ほどたった時、いまの心境を改めて語ってくれた。
「人から受け入れられるために嘘の自分を生きてきたみたいに思ってきたけど、それもつくりだしたストーリー。真実じゃない。私はいつだって、いざという時はとても頑固に自由に自己表現していたし、その時には苦しみだけじゃなく、喜びや直感があった」
自分はいつだって自分らしくいた。苦しかったのは「自分ではない自分」を生きていたからではなく、自分らしくいることと、人に受け入れてもらいたいことのバランスが取れていなかったから。そうして過去の自分すら受容できたみのりさんは、改めて自分の人生に起きていたことを振り返る。
「巡り巡って、経験すべてが生きる道にいま辿り着いた。無駄なことや偽物のことなんて何ひとつなく、自分の人生に必要なことはすべて起こっていた」
妹といるときはいつだって、無邪気で創造的にいられた。それは今でも変わりはない。妹の存在によって照らされた「素の自分」を抱きかかえ、苦境とともに備わった「力」を手に、いま新しい一歩を踏みだしている。

(ライター:渡辺嶺也)