【第三の道】文化・アートに注力する異色のリゾートは どんな美意識によって育まれているのか 北山ひとみ(二期倶楽部総支配人)× 由佐美加子

今回の「第3の道」は、二期リゾート代表取締役で、那須の広大な敷地に広がる「カルチャーリゾート」二期倶楽部総支配人の北山ひとみさんをゲストに招き、CCCパートナーの由佐と対談した。「自分の人生も第3の道を歩んできたと感じる」という北山さんの美意識はどのように育まれ、また、リゾート経営のなかでどのように発露されているのか。それらは日本の文化と、どのような関係をもっているのか。広く深い対話が展開された。

 

宿屋の家系でもないのに、なぜ?

北山さんが総支配人を務める那須のリゾート、「二期倶楽部」は緑豊かな那須高原山麓横澤の一画にある。約4万2千坪の敷地には、コテージタイプのホテル棟客室やレストランのほか、屋外舞台やホールを備えたゲストハウス、スパ、ガラスや陶芸の体験施設などが小さな集落に点在している。宿屋の家に生まれたわけでもない北山さんが、どのようなきっかけから「ホテルの機能と旅館のもてなしを持ち合わせた、第3の宿泊施設」を経営することになったのか。それを北山さんが語るところから、対談は始まっていった。

 

北山さんはごく平凡な家庭で育てられた。「まだ、地方と東京の格差のある時代。少し恵まれた環境だったかも」。住んでいた家は、現代風にいえば14LDKの大世帯。うち6部屋を下宿として貸していたという。「家族と下宿生の食事の世話など、母はお手伝いさん1人で家の切り盛りをしていました。『6部屋くらいなら私もできるかもしれない』と多少そのような環境の影響もあったかもしれません」。実際、二期倶楽部が発足した1986年、客室数6室でスタートしている。

 

「夫が大衆車なら、私は高級車を造る」

当時、北山さんは離婚した夫が始めた学習塾の経営に参画していた。「株式上場まで果たしたので世間的には成功といえます。しかし、その経営の基本方針は同タイプの教室を全国規模で展開する、量的拡大を目指すものでした」。比較的女性は、量よりも質を追求することを好む場合が多いと、北山さんはいう。「ビジョンは共有できても、そこに至る道筋がかみあわず、役員会でももめてばかりでした」。こうして北山さんは学習塾の経営からは一歩引き、グループを象徴する事業として、二期倶楽部を始めることにした。「夫が大衆車を量産するなら、私は高級車を造ってやろうと言う意気込みでした」

 

限られたゲストだけに選ばれる二期倶楽部は、客室6室の小さな宿から始まった。9年後の1997年には思い切って14部屋を増築。「畑からテーブルまで」をテーマに本格的に自家農園に取り組み、食というコンセプトを明確にしたことが高い評価につながり、経営は軌道に乗っていった。2003年、東エリアに現代の湯治湯を再現したスパに特化したスパリゾートをオープン。2006年20周年事業として野外劇場七石舞台「かがみ」とゲストハウス、更にはガラスと焼物工房を併設した滞在型レジデンスも加わり、二期倶楽部は新たなカルチャーリゾートへと踏み出していった。

 

生活者の感覚をそらさず、本質を見ていく

来年30周年を迎えるという二期倶楽部。北山さんは「ただ、素人の目線、宿泊者の目線でハードとソフトを磨いてきた」と、その歩みを振り返る。「生活者の感覚で、市場に踊らず本質を見ていく。それを続ければ、宿屋は誰でもできる仕事だと思います」と、謙遜を交えつつ語った。

 

この後、参加者同士で3人組を作り、どんな思いをもってこの会に参加したかを話し合った。そこで提示された思いを、その後の対談の内容に反映していくためだ。

「本質的に美を追求することは結構難しいと感じている」

「いま、美に関係する仕事を始めようとしている」

「強さと美が同居するバランスに興味をもった」

「北山さんの美意識はどこから来ているのかに興味がある」

など、美や美意識に関する声が多く聞かれ、北山さんのお話もその方向に展開していった。

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「地球の上に一人で立つ」という感覚

北山さんの洗練された美意識は、どこから生まれてきたのか。「比較的裕福だった家庭の影響があったのかとよく聞かれるが、美意識の源は自然では…。自然の気配はよく記憶してます。自然には美意識を育む力がある」と北山さん。この年になって振り返ると、と前置きしつつ、最初に示したキーワードは、「孤独を恐れないこと」だった。

 

地球の上に一人で立っているという自覚をもちながら、オリジナリティを大事にしてきた。北山さんは「人の意見に左右されないこと。そうすると精神の独立性、本質を見抜く目が磨かれていく」と話す。「人間は時に孤独や不安におそわれる。そして、ある種の悲しみに寄り添いながら生きるもの。一方で、悲しみよりももっと大きな喜びに支えられている」といい、「今日よりよい明日がある」その喜びをモチベーションに、仕事をしてきたと北山さんは語った。

 

美の感性は、強さでなく弱さから生まれる

更に北山さんは、「美の本質は強さではなく、弱さを同時に抱えている」と続けた。強さというものは大きな理想の実現につながっていく。「開拓者達は皆、そうです」。一方で、美を感じる、美しい人の言葉に共鳴するといったことは、「弱さから生まれてくるのだと思う」と話した。

 

学生時代を振り返り、「私は日本人のコミュニティの中でも異端児でした。体も弱かった、でも、その不足感が核になり、私のオリジナリティを形作っている。コンプレックスとは違うのでは…」今の年齢になり、ようやくそう感じるようになったと語った北山さんは、「弱さを捨てて強くなる必要はない」と続けた。「弱さを抱え込みながら、自らの美質を磨いていくと強くなれるのが人間です」

 

 共感、共鳴、共育、共生が必要

美意識に関する話は、さらに深まっていった。北山さんは批評家の小林秀雄が学生向けの講演で質問に答えて、「感動こそがすべて」と話していたこと、元英国首相のマーガレット・サッチャーが来日した際の講演で、一番大事にしているスピリットを聞かれて「アンビシャス」と答えたことなどを紹介しながら、「素晴らしい人々との出会いは…言葉の発見の喜びにつながる。人は気づきあうことが大切。人は決して一人では生きていけないし、人の心ははっとした気づきから深まり大きく成長するものです」と、共感、共鳴、共育、共生が共同体の中で生き、成長、涵養するためには必要だと語った。

 

かつて学習塾の経営に携わったことがある北山さん。ここで共感、共鳴、共育、共生の話は、最近個別指導が増えている、学習塾のあり方に脱線した。「本来子どもは、集団の中で育つもの。別の子の発言にはっとしたり、知らなかったことに気づいたり。それが次には自らの学びにつながっていきます。先生にじっと見られていては、監視されているようで、思考の寄り道はできない。かわいそうです」

 

子どもにも、大人にもぼんやりする時間が必要だし、「それが人の成長になる。大事なのです」と、北山さんは語りかけた。「個別指導では一過性の目標は達成できるでしょうが、果たしてそれで、真の人の成長につながるのでしょうか」

 

少しばかりの知と、できるだけ多くの交わりを

二期倶楽部を舞台に毎年開催しているオープンカレッジ、「山のシューレ」も、共感、共鳴、共育、共生への思いからスタートし、今年8回目を迎える。民族、職業、年齢、性別、互いに知らないもの同士が集まって講師の素晴らしい話を聴き、出会った者同士で語り合い、心を開いていく。「シューレは大人の学校です。フランスの哲学者、ロラン・バルトは、『人は、少しばかりのサボワール(知)と、サブール(味わい)が必要だ』という言葉を残しています。香りのあるメッセージですね」。山のシューレは、ロラン・バルトの言葉を北山さんなりに実現しようとしている場なのだろう

 

空間に感じる、北山さんの視点

二期倶楽部がこれまで少しずつ成長してきた話などを受け、由佐は「オーガニックですね」と感想を述べた。オーガニックとは、時間をかけて育てていくこと。「何か力をかけて無理に大きくしていくのは、オーガニックではない。農作物を始め、あらゆるものがそうだが、豊かさをベースに何かを育んでいくプロセスなのだと感じた」と話した。

 

また由佐は、二期倶楽部に宿泊した経験をもとに、「欧米のリゾートの空間は、何らかの機能をベースに作られているが、二期倶楽部の空間には北山さんの視点を感じる」と語った。人がこの場に動いたら、何を目にするのか、どんな感覚になるのかというように、二期倶楽部のしつらいには北山さんの目を感じるというのだ。「北山さんが自分の体を使って得た体験や感覚が、空間づくりのベースになっている。人の視点で物事を見るから本質的なのだと思う」と感想を述べた。

 

そして、自分の軸というものが本質的に重要であることを北山さんの話から強く感じたという。「北山さんは失敗からも学びながら、自分の軸を養ってこられたのだと思う。自分の軸に栄養をやり続ければ、北山さんのようになれるのだと、勇気づけられました」と話した。

 

素材の持つ特徴に、自分を寄せていく

「自分の体を使って得た体験や感覚を大事にしている」という由佐の感想に、北山さんは「実感を大切にして生きてきました。どこかで独自性を意識している部分もある」と応じた。例えばホテル業界には、開業屋と呼ばれる存在がいる。「そういう方にお願いすれば、裏手の動線設計などとても上手にしてくれます。だが二期倶楽部を作り上げるプロセスは、試行錯誤の連続。負を抱えながら結果出来上がったものが、二期倶楽部なのです」

 

「自分の体を使って得た体験や感覚を大事にする」という話は、日本の工芸家と西洋のアーティストの違いへと展開していった。西洋のアーティストは、まずコンセプトありきだと北山さんは指摘する。「そして素材の持ち味を捻じ曲げてでも、コンセプトに沿った表現をしようとする傾向があります」。それに対して日本の工芸家は、素材に、自分を寄せていくのだと説いた。「素材と自分の関係の中に生まれるフォルムを大切にする。いわゆる純粋芸術的な造形と工芸的な茶碗作りを、別建てに考えていません。素材に対する独特な感受性は、日本人の身体性とかかわっているのだと思います」。素材と誠実に向き合い、身と交わせる感覚は、日本人が本来持ち合わせているもので、どの工芸家にも共通していると北山さんは語った。

 

そうした特色をもつ日本の現代工芸を、もっと鑑賞してほしいと、北山さんは話す。「日本の工芸家が素材の持つ性格に導かれて出来あがったある種の造形を、私は第3のアートと呼んできました」。西洋のクラフトマンシップとも現代アートとも違うアプローチを、ローマ字で「kougei」と表現し、二期倶楽部は現代の工芸家と協働してきたという。「ようやく日本の美術界でも、工芸がトレンドになってきている。うれしい傾向です」

 

素材と自分の関係の中に生まれるフォルムを大切にする、第3のアート。これは第3の道を探っていく私たちにも大きな示唆を与えるものだろう。由佐も「西洋では人が優位で素材を使いこなすが、日本では人と素材が対等なんですね」と、北山さんの話に応じていた。

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「私は、単純な感動やさんなのだと思う」

最後に、質問タイムが設けられた。「美に対するエモーショナルな部分と、知的な部分で腹落ちしたり面白いと思ったりするのは、違う感情だと思う。北山さんはどうそれらを循環し、統合しているのですか」という質問に対し、北山さんは、「小林秀雄が晩年語ったことは、感動が自らを導いてきたと。感動体験は全身が働きます。私は、単純な感動やさんなのだと思う」と答えていた。

 

「社会の許容度が減ってきているという話には共感したが、一方で他者を許容していると、どんどんつけこまれていると感じてしまうことがある。どう折り合いをつければいいのでしょうか」という質問に対しては、「中原中也の言葉を借りるなら自恃(じじ、自らに誇りをもつこと)が大切だと思います。私も若い頃は、要領も悪く貧乏くじを引いているような思いもありました。人を受け入れて赦す。それは、美しいこと。必ずギフトがある、神はいますから」と答えた。その上で、「悩んで悩んで、それでも理不尽だと感じる時は、戦う。女性は時にちょっぴり大胆さも必要です」と付け加えた。

 

オリジナルサイズ_北山ひとみさん写真北山ひとみ(きたやま ひとみ)
東京生まれ。1980年、学習塾チェーンの創立に携わり、取締役第二事業本部長を経て、1986年二期倶楽部をオープン。長期滞在型レジデンス「アート・ビオトープ那須」、東京・千鳥ヶ淵のライブラリーカフェ「ギャラリー册」運営のほか、「千本松・沼津倶楽部」などのホテル運営受託事業を手掛けている。